ICRP新勧告案(2006.6)の特徴
新勧告案では、前回(1990年)の勧告内容と比べ、陽子線や中性子の放射線荷重係数(WR)や生殖腺、乳房等の組織荷重係数(WT)などの各諸量の見直しや微小被ばくによる集団線量から大集団のがん死亡数を計算することは合理的ではないといった用語の概念や使用範囲等の補足説明を行っていますが、本新勧告案の大きな特徴は、線量拘束値(Dose Constraints)の枠組みとして実効線量バンドを設けたことと環境の動植物に対する放射線防護の概念を導入したことです。
2006年新勧告案(第2次ドラフト) 1990年勧告*1
2.勧告の目的及び適用範囲
2.4除外と免除
(45)規制免除プロセスを取り締まるべき原則は次のとおり
  • 規制免除された行為あるいは線源に起因する放射線被ばくにより個人が受けるリスクは、非有意でなければならない(人工線源の場合、年間線量約10μSvに相当)
  • 放射線防護を最適化しなければならない
  • 行為を正当化しなければならない。行為で使用される線源は、本質的に安全でなければならない
(287)線源あるいは環境の状況を規制上の管理から免除する根拠は2つある。
  • 平常及び事故の状態のいずれにおいても、その線源が小さな個人線量と小さな集団線量しかもたらさないこと
  • どのような合理的な管理手段も、個人線量及び集団線量の有意な低減を達成することができないこと
3.放射線防護の生物学的側面3.2.1がんリスク
(LNT:しきい値なし直線)
(55)放射線防護を目的として、100mSv未満の低線量範囲内では、吸収線量の増加に直接比例してがんや遺伝的影響の発生率が増加すると仮定することが科学的に合理的である。
(57)LNT仮説は、委員会が推奨する実際的な放射線防護体系において今でも科学的に説得力のある要素ではあるが、この仮説をたとえ不明瞭でも検証する生物学的情報は、今後も現れそうにない
(62)生体防御機構は、低線量においてさえ完全には効果的でないようなので、線量反応関係にしきい値を生ずることはありそうにない
(適応応答、バイスタンダー効果) (58)適応応答、バイスタンダー効果等の結果は低線量リスクに関する判断を下すには不確実性が大き過ぎる (46)ホルミシスのデータは、低線量における統計解析が困難であることまた多くのデータが、がんあるいは遺伝的影響に関係ないことから放射線防護において考慮に加えるには十分でない
3.2.3がんと遺伝的影響に対する名目リスク係数 (72)表2がん(大人);4.1、遺伝的影響(大人);0.1、[単位:10-2Sv-1
(75)名目リスク推定値は、現在のほうが1990年勧告よりも多少小さいが、実際には、以前と同等である
表3がん(大人);4.8、遺伝的影響(大人);0.8

[単位:10-2Sv-1

4.線量計測量
4.3線量放射線荷重係数(WR)
(表3)
陽子:2
中性子:中性子エネルギーに対する連続関数
(表1)
陽子:5
中性子:中性子エネルギー・バンド毎のステップ関数
組織荷重係数(WT) (表4)
生殖腺:0.08
乳房:0.12
膀胱、食道、肝臓、甲状腺:0.04
骨表面、脳、唾液腺、皮膚:0.01
骨髄、結腸、肺、胃:0.12
残りの組織:0.12(分割ルールは使用しない)
(表2)
生殖腺:0.20
乳房:0.05
膀胱、食道、肝臓、甲状腺:0.05
骨表面、皮膚:0.01
骨髄、結腸、肺、胃:0.12
残りの組織・臓器:0.05(分割ルール)
4.5放射線被ばくの評価
集団線量
(145)放射線防護の最適化のために集団線量を導入(ICRP, 1977; 1991)
(146)低個人線量の場合、リスク推定時に集団線量を使用することは合理的な方法ではない
(147)集団線量は、最適化手段あるいは放射線技術や防護手順の比較を行う手段であり、疫学研究のリスク予測に使用することは不適当
(34)集団線量の使用は、その影響が線量計測量と被ばくした人数との両方に正しく比例する場合で、かつ適切な確率係数が利用できる場合に限定すべき
(35)個人線量の範囲または時間の範囲が大きい場合には、集団実効線量をさらに限定された線量と時間の範囲に区分するのが有用
4.6不確実性と判定 (152)将来的な線量評価時、特に規制プロセスにおいて実効線量を計算する時には、定量情報から線量を算定すると時に使用するものとして委員会が推奨する線量計測モデルやパラメータ値を基準モデルとみなすべきである。これらの数値は、協議により固定されているため、不確実性を伴うことはない。
(154)限度に近いか限度を超える可能性がある線量を過去に遡って評価する時には、可能であれば評価線量の不確実性を考慮することが適当
5.2被ばく状況の種類 (162)計画された状況、緊急事態、既存の被ばく状況
(163)3種類の被ばく状況は以前の2つのカテゴリーである「行為」と「介入」に代わるもの
(106)総被ばく線量を増加させる人間活動を「行為」と呼び、現在ある線源を撤去したり、経路を変えたり、被ばくする個人の数を減らして総被ばく線量を減らす活動を「介入」と呼ぶ
5.5女性の被ばく (177)妊娠しているかもしれない女性に対する作業時の防護方法は、一般公衆に対するものとほぼ同等レベルの防護がその胎児に施されるべきである
(177)妊娠作業者の作業条件は、胎児に対する追加線量が妊娠表明後の残りの妊娠期間に約1mSvを超えないようにすべき
(177)妊娠しているかもしれない女性の作業時の防護方法は、胎児に対するいかなる防護基準も一般公衆に対するものとほぼ同等であるべき
(178)いったん妊娠が申告されたならば、妊娠の残りの期間中に女性の腹部の表面に対して2mSvという補助的な等価線量限度を適用し、放射性核種の摂取をALIの約1/20に制限することにより胎児を防護すべき
5.8防護の最適化
5.8.1拘束値
(198)拘束値はあらゆる状況において適用され、最適化プロセスにおける出発点として使われる。これらはある種類の被ばくの範囲内で単一線源から最も多く被ばくする個人に対して一定レベルの防護を行うために使用される (144)最適化の重要な特徴は、線量拘束値の選択、すなわち、最適化手順の中で考察される選択肢の範囲を制限するために用いられる線源関連の個人線量の選択である。
5.8.2線源関連の線量拘束値の選択に影響する因子 (202)委員会は拘束値の最高値は急性または1年間のいずれかで受ける100mSvであると考える。人命救助または重大な事故の防止のような極端な状況を除き、それよりも高いレベルの被ばくを相殺できる正味の個人的または社会的便益はない
(209)拘束値に対する一式の値は個人が受ける被ばくの線源関連制御体系に対する基本的なレベルを意味している
(表4)

見積られる実効線量バンド 急性または年間(mSv)

20〜100

放射線緊急時における避難の拘束値

1〜20

計画された状況における予定された職業被ばくの拘束値

屋内ラドンの線量拘束値

1以下

計画された状況における予定された公衆被ばくの拘束値

5.8.4職業被ばくに対する線量拘束値 (211)拘束値以下に最適化する手順及び規定された限度の使用によって、計画された状況における職業被ばくを制御するよう継続して勧告
(211)線量拘束値は、通常、国または地方レベルで決められることが適切
(212)計画された状況における職業被ばくに対する線源関連の線量拘束値は、線量限度を超過しないことを保証するために、それぞれの線源に対して設定すべきである
(213)職業上被ばくし、緊急時の状況に関与する作業者は特殊な条件に従うべき人命救助を含む救助作業を行う最初の対応者については、他の者に対する便益が救助者のリスクを明らかに上回る場合に限り、基本的に拘束値は勧告されないそれ以外に、重大な傷害または破局的状態の進展の防止を伴う救助作業については、約1000mSv以下、理想的には100mSv以下に維持する
多くの人々がこうむる傷害または多量の線量を防止する救助活動については100mSv以下に維持する復旧活動については、通常の職業線量限度を適用
(145)線量拘束値は、通常、国レベルまたは地方レベルで定めることが適切
(166)職業被ばくにおける線量限度は、最適化のための線量拘束値が1年につき20mSVを超えるべきでないことを暗に意味している
(224)緊急時に受ける線量は、平常の線量とは区別して取り扱われるべき
(225)事故の制御と即時かつ緊急の救済作業における被ばく線量は、人命救助を例外として約0.5Svを超える実効線量とならないようにすべき
皮膚の等価線量は、人命救助を除き、約5Svを超えることは許されるべきでない
緊急事態がいったん制御されたならば、救助作業における被ばくは、職業被ばくの一部として扱われるべき
5.8.6公衆被ばくにおける線量拘束値 (216)計画された状況では、委員会は線源関連の線量拘束値以下に最適化する手順及び線量限度の使用によって公衆被ばくを制御するよう継続して勧告する
(216)それぞれの線源は多くの個人に関して線量が分布しているので、最も多く被ばくする個人を表現するために代表的な個人の概念が使用されるべきである。この概念は委員会が以前使用していた決定グループの概念に代わるもの
(217)放射性廃棄物管理における公衆の構成員に対する拘束値は年約0.3mSvを上回らないこと(Pub.77)、長寿命放射性核種が計画的に放出される状況では環境での蓄積により拘束値の超過につながらないことが検証できない場合は線量の長期成分に対して年0.1mSvオーダーの拘束値を適用することが賢明であること(Pub.82)を引き続き勧告
(218)緊急時における拘束値のレベルは、国の責任
(219)既存の被ばく状況における拘束値の選択は国の責任であり、拘束値は年100mSvを超えるべきではなく、一般的に年約20mSvを超えるべきではない
(186)公衆被ばくは拘束値を組み込んだ最適化手順と規制機関の決めた限度の使用により管理される
(186)ある単一線源による被ばくに関し、均質なグループを構成する個人を1クラスに分類し、線源から最も高い被ばくを受けるグループの中の典型的なものを決定グループと呼ぶ
(186)線量拘束値は、防護を最適化しようとしている線源からの決定グループ内の平均線量に適用されるべき
(187)公衆被ばくにおける拘束値を組み込んだ最適化の主要な目的は、被ばく源に対する実際的な制限を開発することにある
(221)事故および緊急時における回避される個人線量についての可能な介入レベルの値にはある範囲があり、その範囲内にある最適レベルでの正味の便益がプラスであれば、その種類、規模および機関の介入は正当化される
5.8.7最適化と拘束値の適用 (221)防護の最適化は将来に向けた反復プロセスであり、被ばくが発生する前に被ばくを予防することを目標にしている
(224)拘束値は、それを上回ると線量を低減させるための対策をほとんど常に講じなければならないレベルを定義する
(230)リスク評価に集団線量を使用するには重要な制限があるが、特定の状況における疫学研究の可能性、または観察される健康影響を何らかの被ばく源に帰すことができるもっともらしさを調査するための予備的判断には有益なツールであろう
(233)最適化のすべての面を法制化することはできない。最適化は、結果的義務というよりも手段としての義務である。規制に違反する場合を除き、特定の状況に対する特別な結果に注目するのは規制局の役割ではなく、それよりもプロセス、手順および判断に注目すべきである
(144)良好に管理された操業で受けそうな個人線量レベルについての結論を得ることが可能である。この情報は次に、その種類の職業に対する線量拘束値を決めるのに利用できる。
(238)行為の規制の一つの特徴は、防護の最適化に適用される線源関連拘束値の使用である。
(238)規制機関の定める限度および、日々の被ばく制限の一環として、管理者が特定の作業に適用する制限は、ここで意味するところの拘束値ではない。
10.環境の防護 (353)従来、計画的被ばく状況に関連した放射性核種の環境移行については、公衆の防護に必要となる環境管理基準によって他の種へのリスクが回避されると考えられてきたため、人間の環境のみに関心を払ってきた。しかし、事故や緊急事態の結果として発生しうる被ばく状況や計画外の既存被ばく状況をはじめとするあらゆる被ばく状況に関して助言を提供することが必要。また、人間との関連性とは関係なく幅広い環境状況を考慮することが必要。
*1:国際放射線防護委員会の1990年勧告(社団法人 日本アイソトープ協会)